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函館地方裁判所 昭和31年(レ)13号 判決

控訴人 酒谷豊太郎 外一名

被控訴人 浅利彦四郎

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人等は被控訴人に対し、各自金一万五千七百五十円およびこれに対する昭和三十年十一月四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を控訴人等、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴人等代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審ともに被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴代理人は請求の原因として、控訴人等は訴外酒谷栄吉こと布目栄吉と共同して、昭和三十年六月一日、被控訴人に宛て額面金七万三千五百円、支払期日昭和三十年六月三十日、支払地、振出地共に茅部郡森町、支払場所株式会社北海道拓殖銀行森支店なる約束手形一通を振出交付した。被控訴人は同年六月十四日、右手形を取立委任のため株式会社北海道拓殖銀行に裏書譲渡し、同銀行はその所持人として満期日に支払場所に右手形を呈示して支払を求めたが、支払を拒絶されたので、その後、被控訴人は同銀行から右手形の返還を受け、現にその所持人である。よつて控訴人等に対し、右手形金七万三千五百円及びこれに対する満期日の翌日である昭和三十年七月一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べ、控訴人等の答弁に対し、若し控訴人等が自ら本件手形を作成して振出したものでないとしても、控訴人等は訴外布目栄吉に対し、控訴人等の漁業資金借入れのため手形振出行為を含む包括的な代理権を授与していたものであつて、同訴外人は右代理権限に基き、控訴人等を代理し本件手形上に振出人としての控訴人等の記名捺印をなしたものであるから、控訴人等は、本人として本件手形の振出人としての責に任ずべきである。仮りに栄吉が手形振出の代理権限を有しなかつたとしても、同人は前記のごとく、控訴人酒谷豊太郎に対する関係においては営業上これを代理し得べき権限を有し、控訴人酒谷トキエに対する関係においてはその夫として日常の家事に関する行為につきこれを代理し得る権限を有し、本件手形振出行為は、いずれも控訴人等に対する右代理権限を踰越してなした行為というべきところ、右栄吉は控訴人酒谷豊太郎の娘である控訴人酒谷トキエの夫として、同人等と同一家屋に居住すると共に控訴人豊太郎の経営していた漁業に関する諸般の行為一切を委ねられ、事実上これを主宰していたのであるから、被控訴人は、同人が控訴人等を代理して本件約束手形を振出し得べき権限を有するものと信ずるについて正当の事由があつたものといわなければならない。従つて、控訴人等は、本人として、本件約束手形金の支払義務があるものというべきである、と述べ、控訴人等の抗弁を否認し、仮りに本件手形が、訴外布目栄吉の被控訴人から借用した金十五万円に対する月七分の割合による利息金支払のために振り出されたものであるとしても、利息制限法所定の制限利率範囲内の金額については控訴人等に支払義務があるものであると述べ、立証として甲第一号証を提出し、当審における証人布目栄吉の証言(第一、二回)を援用し、乙第一号証の一ないし七の成立は不知、同第二号証の成立は認めると述べた。

控訴人等代理人は答弁として、控訴人等が被控訴人主張の約束手形を振出したとの事実は否認する。右手形は、訴外布目栄吉が何等の権限無く控訴人等の名義を冒用して作成振出した偽造の手形であると述べ、被控訴人の予備的主張に対し、手形の偽造行為には表見代理の規定の適用の余地はないばかりでなく、被控訴人等は訴外布目栄吉に対し何等の代理権をも附与したことはない。かりに同訴外人が控訴人等を代理し得べき何等かの代理権を有し、本件約束手形は右代理権を踰越して振出されたものであるとしても、被控訴人が右栄吉に、本件約束手形振出につき代理権ありと信ずべき正当な事由を有したとの主張事実は否認する。即ち、栄吉が控訴人酒谷豊太郎の娘である控訴人酒谷トキエの夫であつて、同人等と同一家屋内に居住していたことは認めるが、控訴人豊太郎が栄吉に漁業について経営の一切を委せたことは無いし、控訴人トキヱは本件約束手形振出当時は他の漁場に滞在していた為留守であつたと答え、

抗弁として、仮りに右主張が容れられないとしても、本件手形は、訴外栄吉が被控訴人から借用した金十五万円に対する昭和二十九年十一月一日から昭和三十年五月三十一日までの間の月七分の割合による約定利息金合計七万三千五百円の支払確保のために振り出されたものであるから、利息制限法所定の利率を超過する金額については控訴人等に、支払義務はないと述べ、立証として、乙第一号証の一ないし七、同第二号証を提出し、当審における証人吉永信彦の証言並に控訴人酒谷豊太郎、同酒谷トキエ(第一ないし三回)の各本人尋問の結果を援用し、甲第一号証中、控訴人等名下の各印影が控訴人等の印により顕出されたものであることは認めるが、その余の部分の成立は否認する、右約束手形は訴外布目栄吉が控訴人等の印を冒用して作成した偽造の手形であると述べた。原審は職権により、被控訴人本人を尋問した。

理由

控訴人等名下の印影が控訴人等の印によつて顕出されたことにつき当事者の間に争がなく、爾余の部分も真正に成立したものと推定すべき甲第一号証約束手形に当審証人布目栄吉の証言(第一、二回)及び原審における被控訴人本人尋問の結果を併せ考えると、被控訴人主張の本件約束手形は、訴外布目栄吉において、被控訴人主張の各手形要件の記載ある約束手形を作成のうえ、控訴人両名を代理し、その振出人としてそれぞれ控訴人等の記名押印をなし、これを被控訴人に振出交付したものである事実を肯認するに十分であつて、控訴人等は右甲第一号証約束手形は訴外布目栄吉が控訴人等の印を冒用して作成した偽造の文書である旨を主張するけれども、この点に関する当審における控訴人酒谷豊太郎および同酒谷トキヱ(第一ないし三回)の供述部分はたやすく措信し難く、他に右主張事実を肯認するに足る資料は存しない。而して、被控訴人は、右布目栄吉が、右約束手形の振出につき控訴人両名を代理し得べき権限を授与されていた旨を主張し、当審証人布目栄吉(第一、二回)の証言中には、同人が右約束手形振出につき控訴人等の了承を得た旨の供述が存するけれども、右供述部分は当審における控訴人酒谷豊太郎、同酒谷トキヱ(第一ないし三回)各本人尋問の結果に照したやすく措信し難く、他に右事実を肯認するに足る資料は存しないから、結局右約束手形の振出行為は訴外布目栄吉のなした無権代理行為と認めるほかはない。よつて、被控訴人主張の表見代理の成否について按ずるに、成立に争いのない乙第二号証、原審における被控訴人本人尋問の結果の一部、当審における控訴人酒谷豊太郎、同酒谷トキヱ(第一ないし三回)の各本人尋問の結果の一部、当審証人布目栄吉の証言(第一、二回)の一部並びに当審証人吉永信彦の証言に前顕甲第一号証を併せ、弁論の全趣旨を参酌すれば訴外布目栄吉は、控訴人酒谷トキヱの夫として、同控訴人の実父である控訴人酒谷豊太郎の経営する漁業および水産加工業の手伝をなして来たが、昭和二十二年頃には水産加工業の営業名義も同訴外人に移され、右漁業および水産加工業の経営に関する事実上、法律上の諸般の行為につき控訴人両名を代理し得る権限を与えられていたものであつて、右事業に関し約束手形を振り出すに当つても、控訴人等の記名印を使用し同人等振出名義の約束手形を振り出し得る権限を有したこと、その後昭和二十九、三十年頃から前記事業の経営不振、手形の濫発、同人の婦人関係等の為控訴人等との間に感情上の疎隔を来し、本件手形振出当時は、家庭内においては、控訴人両名の事前の承諾なくして同人等名義の手形を振り出すことを差し止められていたけれども、手形振出行為以外の点においては、なお、事業上の資金繰、漁具、原材料の購入、製品の販売等諸般の行為につき事実上、法律上控訴人酒谷豊太郎を代理し得る権限を有し控訴人酒谷トキヱに対する関係においても、夫婦として日常の家事に関する法律行為によつて生じた債務については相互に連帯してその責に任ずべき関係にあり、此の限度において同人を代表し得る権限を有したこと、本件約束手形は、右訴外人が昭和二十九年十一月一日被控訴人から利息一ケ月七分、弁済期日昭和三十年五月末日の約定で借り受けた事業資金十五万円の債務につき、弁済の猶予を受けるに際し、右昭和二十九年十一月一日以降同三十年五月までの間の月七分の割合による約定利息金合計七万三千五百円の支払を確保するため、同訴外人において被控訴人に振出交付したものであること、一方、被控訴人は控訴人両名並びに訴外栄吉と同町内に住み、かつ海産物加工業を営む同業者であり、控訴人等と数年来の取引もあつて、右栄吉が前認定のごとく控訴人両名を代理し得る権限を有することを知つており、前記資金十五万円の貸付に際しては栄吉が控訴人両名を代理してその衝に当り控訴人等名義の約束手形を適法に作成交付した事実もあつて、本件約束手形の振出についても右栄吉において控訴人両名を適法に代理し得るものと信じたものであることが認められる。当審証人布目栄吉の証言(第一、二回)、原審における被控訴人本人尋問の結果並びに当審における控訴人酒谷豊太郎、同酒谷トキヱ(第一ないし三回)の本人尋問の各結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠と対照して措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実に徴すれば、本件約束手形振出行為は訴外布目栄吉の控訴人両名に対する代理権踰越行為であつて(前認定の事実にもとづいて、控訴人酒谷トキヱに対する関係において基本的代理権が存するものといい得るか否は議論の余地はあるが、民法第七百六十一条は夫婦がそれぞれ家計の代表者たることを規定し、その効果として相互の連帯責任を定めたものであつて、これに対しても民法第百十条の適用があるものと解する。)、被控訴人は同訴外人に控訴人等を代理し得べき権限ありと信ずるにつき正当の理由を有したものというべく、控訴人等は、本人として、右手形金の支払義務を負担すべきこと勿論といわざるを得ない。

よつて控訴人等の抗弁について按ずるに本件約束手形が被控訴人の訴外栄吉に対する貸金十五万円に対する昭和二十九年十一月一日から同三十年五月三十一日までの間、月七分の割合による利息金合計七万三千五百円の支払確保のため振り出されたものであることは前記認定のとおりであるところ、右約定利率は利息制限法所定の利率を超過することは明らかであつて、右超過部分は無効というべきであるから、被控訴人は本件約束手形金中、同法所定の制限範囲内において、年一割八分の割合による右期間中の利息に相当する合計金一万五千七百五十円についてのみその支払を求めることが出来るものと云わねばならぬ。

而して、被控訴人は、右手形金額につき支払期日の翌日から遅延損害金の支払を求めるところ、被控訴人が本件約束手形を適法に呈示したとの事実を認めるに足る資料はない(本件約束手形の支払場所は茅部郡森町とのみ記載されており、支払場所の指定としては不適法というほかなく、結局その支払場所は振出人たる控訴人等の住所と認めるべきところ、右場所において適法な呈示がなされたことを認むべき資料は存しない。)から、その起算日は本件支払命令が送達された日の翌日である昭和三十年十一月四日となすべく、従つて、被控訴人の本訴請求は前示金一万五千七百五十円およびこれに対する昭和三十年十一月四日以降完済まで商法所定の年六分の利率の範囲内である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当というべく、その余は失当たるを免れない。

よつて、当裁判所の判断は被控訴人の本訴請求を全部認容した原判決のそれと一部符合しないものがあり、本件控訴は一部理由があるから原判決はこれを変更すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一 佐々木史朗 井野三郎)

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